ニュースの概要
スポーツデータ企業のGenius Sportsが、アルゼンチンサッカー協会との提携を広げ、同国1部リーグで半自動オフサイド判定技術を使うと発表した。複数のカメラ映像から選手の位置や動きを割り出し、同社のAI基盤「GeniusIQ」が試合中のデータをその場で処理する。VAR(=映像による判定支援)の担当者は、これまでより早く正確にオフサイドを確認できる。さらに、同じデータを使って、観客や放送局向けに場面を立体的な映像で見せることもできる。判定の補助にとどまらず、観戦体験を高める素材としても位置づけられている点が特徴だ。
引用元: Genius Sports、アルゼンチン1部リーグに半自動オフサイド判定技術を導入へ(Business Wire)
分析・見解
人の目では追いきれない一瞬を、カメラが数える仕組み
オフサイドが難しいのは、見るべきものが二つ同時にあるからだ。パスが出た瞬間の攻撃側の体の位置と、守備側の最後方の選手の位置である。副審は走りながら、この二つを一瞬で見比べなければならない。
半自動方式は、ここを機械に任せる。複数のカメラで選手の体の多くの点を追い、ボールが蹴られた瞬間を検知して、ラインを自動で引く。2022年のカタール・ワールドカップでは、専用の12台のカメラが1人あたり29の点を毎秒50回追った。アルゼンチンで使われるのも同じ系統の技術である。ただし「半自動」の名のとおり、最終判断は人が下す。機械が候補を示し、映像判定(VAR)の担当者が確かめ、主審に伝える流れだ。
立体映像は、判定への納得感を高める道具になる
VARが嫌われる理由は、判定の中身よりも「何が起きているか分からない」ことにある。スタジアムの観客は、数分間待たされたあげく、結果だけを聞かされる。今回の技術は、同じデータから立体的な映像をつくり、大型ビジョンや中継画面に出せる。
アルゼンチンのファンは熱量が高く、審判への批判も激しいことで知られる。そこで根拠を目に見える形で示せば、不信を和らげる効果が見込める。判定技術は審判を助けるだけではなく、「説明する技術」でもあるというのが私の見方だ。一方で、見せることには危うさもある。数センチの差まで映し出せば、「そんな差で得点を取り消すのか」という新しい不満も生まれる。
全クラブに広げるには、設備費と運用の人手が壁になる
技術面の課題は、カメラの設置と調整だ。スタジアムごとに屋根の形や照明、観客席の配置が違う。カメラの位置や角度を細かく合わせる作業(=キャリブレーション)を試合前に行わなければ、ラインの精度が落ちる。設備の整い方がまちまちなリーグでは、この下準備が負担になりやすい。
費用の問題もある。経済が不安定な国で、誰がどこまで負担するのかは大きな論点だ。ここで効いてくるのが、Genius Sportsがすでに試合データの収集網を持っていることだろう。ゼロから整えるより追加投資を抑えやすく、提携拡大という形を取った理由もそこにあるはずだ。
判定のために集めたデータが、リーグの新しい資産になる
選手の動きを細かく記録したデータは、判定以外にも使える。チームの戦術分析、放送の演出、ゲームやアプリ向けの情報提供、さらにはスポーツベッティング(=試合結果などへの賭け)の市場向けデータまで、用途は広い。判定の補助という入り口から、データ事業の土台をつくる動きと見るべきだ。
今後は、南米の他リーグが追随するかが焦点になる。ただし、この技術は誤審をなくす魔法ではない。カメラの不具合や、パスの瞬間の検知ずれは起こりうる。そのとき責任を誰が負うのか。ルールを先に整えたリーグほど、技術の恩恵を長く受けられるだろう。
ビジネスへの影響
リーグや協会が導入前に決めておきたい三つの条件
一つ目は費用の分担である。カメラの設置や調整、運用要員の訓練には継続的なお金がかかる。全クラブで均等に負担するのか、放送権収入から先に差し引くのかで、中小クラブの受け止め方は大きく変わる。クラブ間の財政力に差があるリーグでは、先に合意を取らないと、導入後に不満が噴き出す。
二つ目は、判定の見せ方のルールだ。立体映像をどの場面で、何秒流すのかを決めておかないと、試合の流れを切ってしまう。三つ目は、不具合が起きたときの責任の所在である。機械の出した結果に従ったのか、人が覆したのかを記録に残す仕組みが欠かせない。
放送・スポンサー・データ事業の担当者が今から考えること
立体映像は、放送局にとって新しい解説素材になる。判定場面を番組の見どころとして編集し、配信用の短い動画に使う余地もある。スポンサーにとっては、映像に自社名が出る新しい枠になりうる。ただし、判定の公正さが主役である以上、広告の入れ方は慎重に決めたい。審判の判断の場面に広告が出れば、反発を招きかねない。
また、賭けの市場に関わる事業者は、判定のタイミングと結果の公開時刻に注意が必要である。公開がずれると、不正や不公平の疑いを呼ぶ。データの提供順序を決める作業は早めに始めたい。
日本のスポーツ現場でも使える、小さく始める進め方
日本のプロスポーツやアマチュア大会の運営者にとって、全面導入はまだ重い。そこで、まず1会場、1大会で試す方法が現実的だ。判定にかかる時間、観客の反応、審判の負担感の三つを測り、導入前と比べる。数字が取れれば、スポンサーやクラブへの説明がしやすくなる。
もう一つは、データの使い道を最初から複数描いておくことだ。判定だけで投資を回収するのは難しい。分析、放送、ファン向けサービスまで含めて採算を考えると、判断が安定する。